育休に入って少し経つと、こんな考えが浮かぶことがあります。
「せっかく時間があるのだから、何か勉強した方がいいのでは」
「このまま復職して、やっていけるだろうか」
仕事をしていたときは気にもしなかった資格を、気づけば調べている。私にも、そういう時期がありました。
この記事では、「資格を取るべきか」を考える前に、なぜ資格を取りたくなるのかを、心理学の考え方を借りて整理します。
なぜ仕事から離れると焦るのか
会社員のあいだは、毎日の予定も、評価も、肩書きも、自分で用意しなくても手元にありました。朝に出社して、頼まれた仕事を片づけて、夕方に「今日はここまで進んだ」と言える。育休に入ると、この仕組みが一度まるごとなくなります。
育休の場合は、代わりに育児が始まります。ただ、育児には仕事のような区切りがありません。おむつを替えて、ミルクをあげて、寝かしつけて、やっと寝たと思ったら泣き声で起きる。一日中動いていたのに、夜になると「今日、自分は何をしたんだろう」と思う日があります。
親になること自体も、自分の立ち位置を組み替える出来事です。ベルギーのゲント大学のSchrooyenらは、初めて親になる288組の夫婦を、妊娠中から子どもが2歳になるまで4回にわたって調べました(Developmental Psychology、2026年にオンライン公開)。親としてのアイデンティティを強く持っている人ほど、人生満足度が高く、抑うつ症状が低いという関連が報告されています。
この研究は、仕事から離れた焦りを直接調べたものではありません。ただ、親になる時期に「自分は何者か」が揺れ、気持ちに影響することは確かめられています。役割、評価、達成感が同時に薄くなることが、焦りの正体の一つだと私は考えています。
資格勉強は、なぜ手応えを得やすいのか
資格試験は、育児にはない形で結果が見えます。テキストを1章読む。過去問を解く。正答率が60%から80%に上がる。受験して、合否が出る。やったことと結果が、数字でつながっています。
バンデューラは1977年の論文で、人が「自分はこれをやり遂げられる」と感じる自己効力感の源として、実際にやり遂げた経験(遂行経験)など4つの情報源を挙げました。この中で、自分でやってみて成功した経験は、特に効きやすい源とされています。
資格勉強は、進捗や結果が見えやすい活動です。仕事から離れて「前に進んでいる感覚」を得にくくなっていた私にとって、この小さな手応えは思った以上に大きなものでした。
育児と資格勉強の違い
育児は、自分の予定どおりに進まない時間でできています。今日はこれをやろうと思っても、子どもが寝ない。出かけようとしたら泣く。ようやく空いた時間は、自分も疲れて動けない。
資格勉強は逆です。今日は10ページ読む。この問題集を一周する。この試験を受ける。目標も進め方も、自分で決められます。
デシとライアンの自己決定理論では、自律性、有能感、関係性という3つの基本的心理欲求が示されています。自分で選び、自分の意思で行動していると感じられることが「自律性」です。
子どもの都合で予定が変わることの多い生活の中で、少なくとも勉強だけは「今日はここまでやる」と自分で決められる。私にとって、資格勉強の心地よさはそこにもありました。
SNSが焦りを強くする理由
SNSを開くと、「育休中に資格を取りました」「育休中に副業を始めました」といった投稿が流れてきます。見たあとで自分も何かしなければと思った経験は、私にもあります。
フェスティンガーは1954年、人には自分の意見や能力を評価したい欲求があり、はっきりした物差しがないときは、他の人との比較で測ろうとするという社会的比較理論を提唱しました。SNSのない時代の理論ですが、比較の相手は今、画面を開けばいつでも目に入ります。
SNSに流れてくるのは、「育休中に宅建に合格しました」「副業で初収益が出ました」といった、切り取られた成果です。
一方、自分については、朝から子どもの世話をして、何も予定どおりに進まなかった一日まで全部知っています。
比べているのは、他人の「成果が見える瞬間」と、自分の「成果が見えにくい日常」です。
それでは、自分だけが止まっているように見えてしまいます。
資格取得がプラスになるケース/注意したいケース
ここまでの話で、資格を取ること自体が悪いと言いたいわけではありません。私は、取りたい人が取るのは良いことだと思っています。分かれ目は、何に押されて始めたかです。
プラスになりやすいケース
- 復職後や転職で使う場面が具体的に思い浮かぶ
- その勉強自体が楽しい
- 育児や休息と両立できるペースを、自分で決めている
- 取ったあとの使い道が決まっている
注意したいケース
- 資格を取ること自体が目的になっている
- 「何もしていないのが怖い」以外の理由が出てこない
- SNSで見た他人の成果が気になって始めた
- 睡眠や体調を削って勉強している
自己決定理論では、自分で選んだ動機と、外からの圧力による動機を区別して考えます。焦りに押されて始める勉強は、後者に近いものになりやすいと思います。
休職中の場合は、休んでいる理由によって事情が変わります。体調や心の不調が理由なら、勉強を始める前に、主治医や産業医に今の状態で勉強して問題ないかを聞いておく方が安全です。
資格を取る前に考えたいこと
資格ランキングを見る前に、「この資格を取ったあとに、何をしたいのか」を書き出してみてください。
復職後にこの業務を担当したい。転職を考えている。資格の勉強そのものがしたい。答えが出るなら、試験日から逆算して動けます。
答えが「何かしていないと不安だから」だけなら、先に見るのは不安の中身です。復職後にやっていけるか心配なのか。家にいる自分に価値を感じにくいのか。それによって、必要なものは変わります。復職が不安なら、資格より先に、職場への連絡や仕事の進め方の確認の方が効くかもしれません。
資格は、試験に合格すれば終わります。でも、「今の会社に戻りたいのか」「これからどんな働き方をしたいのか」には、合格通知のような答えはありません。
私自身、資格の勉強をしながら、その違いを感じるようになりました。
育休の期間に、資格のような目に見える成果がなくても、その時間が空白になるわけではありません。おむつを替えて、抱っこして、一緒に昼寝して終わる日も、時間の使い方として欠けているものはありません。
まとめ
仕事から離れて役割や評価が薄れたところに、成果の見えやすい資格が現れる。そこにSNSの成果報告が重なると、「何かしなきゃ」という気持ちが強くなります。
私自身、育休中に資格を勉強して、合格したときはうれしかったです。勉強したことを後悔しているわけでもありません。
ただ、振り返ってみると、知識を増やしたかっただけではなく、「仕事から離れている間も前に進んでいる」と感じたかった部分もあったのだと思います。
資格を取るのもいい。何もしないのもいい。
もし今、「育休中に何かしなきゃ」と焦って資格を探しているなら、何を取るかを決める前に、なぜ自分はこんなに焦っているのかを考えてみる。
そこから始めても、遅くはないと思います。
参考文献
- Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2), 191–215. https://doi.org/10.1037/0033-295X.84.2.191
- Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78. https://doi.org/10.1037/0003-066X.55.1.68
- Festinger, L. (1954). A theory of social comparison processes. Human Relations, 7(2), 117–140. https://doi.org/10.1177/001872675400700202
- Schrooyen, C., Beyers, W., & Soenens, B. (2026). The development of a parental identity during the transition to parenthood: A psychological resource for first-time parents’ well-being. Developmental Psychology. https://doi.org/10.1037/dev0002251
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